岩塩

いろいろもろもろすぐ忘れてしまうのでメモ用にブログ開設しました

うんこを食べました

私の部屋にはよくある3段のカラーボックスが3つ置いてあります。主にノートやメモ帳、大きめの書籍や筆記具の収納に用いております。

今日は久しぶりに収納していたものを整理しました。

思いの外使っていないノートがたくさんあって驚きました。30冊はあったと思います。使おうと思えばすぐに使いきれるのですが、最近はコピー用紙に筆記をすることが多かったので、気づかぬうちに溜まっていたようです。未使用のノートはそのままとっておくことにしました。あまりにも汚いものが3冊ほどあったのでそちらはゴミに出し、残ったものはこれから使っていきます。文房具はペンや消しゴムなども多く仕舞われていたのですが、そちらは全て使うつもりなので一緒にとっておきます。

あとは梱包用の袋やエアーキャップも多かったのですが、使う予定もないのでほとんど処分することにしました。

化粧品や雑貨屋さんのショップ袋や箱も同じ場所に仕舞われていましたが、そちらも捨てます。

 

処分したものはこれくらいで、あとは綺麗に並べるくらいで棚の整理はおわりました。

わたしは時々ふとした思いつきで物を捨てたり売ったりすることが多いです。少しずつものを減らして、いつか何も無くなったらそのときは死のうと思います。

 

カラーボックス周りとわたしが埃で多少汚れてしまったので、雑巾で床を拭いたあとお風呂に入りました。お風呂の窓をみて、朝がきたことをぼんやり感じながら茶色い石鹸で体を洗いました。最近お風呂にうんこ置いてあるなあっめ思っていたのですが、チョコレートの香りがする石鹸でした。ごめんなさい。

 

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このあいだトレンドのうんこを食べました。おいしかったです。

 

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まだ幼気であどけなかったあの日に帰れるような空間でした。

マナティー

マナティーって人魚伝説のモデルになったとか言われているけど、海牛とも呼ばれるの面白いなあと感じます。

牛と人って全然違うと思うんだけど。

 

 

 

 

ここ数十年の努力の成果で、フロリダに生息するマナティの個体数は回復してきているそうです。もはや絶滅危惧種ではなくなったとFWSが発表したというニュースを読みました。

1970年代には数百頭しか残っていなかったようですが、今では6620頭前後もいるらしいです。

劇的な回復だなあとは思うけど、まだ寂しい数字だと思います。

自然界でのバランスって難しい。これからもマナティが生きやすい環境が保てるといいな。

 

 

このあいだ深夜に暗い部屋の中でテレビをつけたら、画面いっぱいにジュゴンが映しだされたことを思い出した。ちょっとびびった。

そういえばジュゴンの個体数って確認できてるのかな。スマホで検索かけてみたけれど、数字が出てこないです。

 

 

 

 

京都で桜が開花したとききました。今年ももう春なんですね。本当にだめだ死にてーー!!

トイレによる人類の後退

中学の担任が「二子玉川のトイレなら住める」と言っていた。一年前の12月の話なので、丁度一年前。
自分はトイレで暮らすのは嫌だなと思った。

あれから二子玉川を含めた数々の綺麗なトイレをみてきたけれど、やっぱり共感はできなかった。つい最近オープンしたばかりのショッピングモール、老若男女問わず賑わった水族館、舎を建て替えたばかりの学校、綺麗なことで有名な空港等々。絶対に住める気がしない。

衛生面を気にしているわけではない。自分自身はなるべく清潔でありたい。むしろ、潔癖な部分も割とあると思う。しかし今はそういうことを問題視しているわけではない。

一度、便座に座って考えてみてほしい。いや、人は便座の上で考え事ができるのだろうか。果たしてそこではちゃんと思考能力が働くのだろうか。決して暗いわけではないが明るすぎない照明、尻を受け止めてくれる便座、そして一人きりのその空間は崩れた姿勢も受け入れてくれる。周りには興味が湧くようなものが置いてあるわけでもない。考え事をするには落ち着いた場所が一番良いのかもしれないが、あまりにも気をそらすようなものがないと人はあらゆるものを通り越して無になる。

そう、私はトイレから出るたびに感じることがある。

人間はトイレの中では無になる。

 

生きているとどうしてもマイナスなことばかり考えてしまったり、泥のような記憶が頭から離れないときがある。

そんな時にトイレに逃げてひたすら無心でいるのはそのときの自身にとっては良いことかもしれない。その反面、トイレに滞在すればその分思考能力が弱ってしまう。

無になることが最善だとおもうならばその人はトイレにいればいい。

しかし、私はまだ前に進まなければならないという気持ちがある。学識を得て職に就き、いつか祖父母や親に恩返しをしたい。人生をトイレの中で終わるわけにはいけないのだ。

よって、私はトイレ暮らしに否定する。

 

もしトイレの中でこの文章を読んでいる人がいたら伝えたいことがある。

無になって全て終わってしまう前にはやく尻を拭き、手を洗い、扉を開くのだ。その扉はきっと未来につながっている。

 

腹痛時や吐き気が続くときはしかたないけどな。

 

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